花鳥風月記

流れる水に文字を書く

日本国憲法百景 (46)

話し、聞くこと

随分と前のことだが、地下鉄に乗っていた時のことである。
50歳前後と思われるおばさんが途中から乗ってきて、
しきりに何か喚(わめ)いている。
戦争NO!とか少し政治的な内容だったと思う。
当然、狭い空間は凍りつき、みな一様に下を向く。
話しかけられても困惑するばかりで、
年代の近い女性も、駅に着くとそそくさと降りた。
「なぜ逃げるの!」そんな叫びが聞こえた。

その時、自分がなぜそうしたのか分からなかったが、
ちょうど、隣の椅子が空いていたので、手招きをした。
すると、何か救われたような表情で、駆け寄り、座った。
そこからは、決して叫ぶでなく、いろいろ話してきた。
戦争はいけない、ほんとうにいけない。
私は都議会に立候補する、戦争はNO!
確かこんなことを話し、しばらくしてから、
静かに電車を降りていった。

場の空気とは、関係性の持ちうる権力空間である。
そこでは沈黙を強いられる。
地下鉄の空間は、静かにしていることが「是」であるが、
誰彼による権威・権力があるわけでない。
そのおばさんは、だからこそ何かを伝えたかった、
普段は見向きもされないからこそ、叫んだのではないか、
そんな気がした。
その意味で、彼女が語り・叫ぶことはルール違反であるようでいて、
大きな意味では、自己防衛でもあると思う。
そこには何がしかの「規定」によるレッテルから解放されていた
「静かな空間」があったのだから。

人は今、ほんとうに叫ぶことはできるのだろうか。


第四十四条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。
      但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は
      収入によつて差別してはならない。