花鳥風月記

流れる水に文字を書く

愚短想(94) 定年退職とワイン

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「今年の母の日に何を贈るか…」
毎年のことであるが、いつもなら思案に暮れている。
しかし今年ははっきりしていた「ワインを買おう」と。
母が、定年で仕事を辞める。

父の時がそうであったように、ワインは、
今までの苦労をねぎらう一つの「会話」になっていた。

カタチになるものと、記憶に残るものと、人は思い出づくりに
さまざまな時を経る。
おもちゃに喜んだ子どもの頃、初めての給料で買ったスカーフ。
その思い出一つひとつが、親と子のコミュニケーションであり、
大切な「宝物」だった。

仕事で、食卓をともにする機会がなくなり、
いつしか「一緒に時を過ごす」ことが、無上の喜びとなった。
その日はワインを介して、味わいがたい団欒を過ごす。

イタリアワインを選ぶ。
イタリアは家族の絆が強いことで知られる。
コルクを開ける。
燦々と降り注ぐ太陽のなかで結実した一つひとつの「育み」が、
ボトルから部屋いっぱいに充満する。

小さな食卓を囲んで、節くれだった指や、白くなった髪、
そして変わらぬ笑顔が、ワインとともに目の前にある。

そしてこの瞬間を感謝し、いつまでも続くことを
願わずにいられない。