花鳥風月記

流れる水に文字を書く

日本国憲法百景 (63)

寸鉄は短い

もう10年くらい前に、職場にシンクタンク(総研)が入ったことがある。
世の中はリストラクチュアリング(再構築)、要は「リストラ」が流行っていた。
企業を診断し、悪いところ(不採算)は切り、良いもの(高収益性)に特化する、
そういったシナリオ作りがなされるのが是とされた。

最初は、「良くなるのならば」ということで、期待もあったが、
結局、それは外れてしまった。
それもそうだ。依頼主が誰かを考えればよりはっきりする。
結局は「こうありたい」というリストラのシナリオを数字やデータを使って説明し、
説得させる程度にしか役立たなかった。
彼らの提示する営業施策は、その後ことごとく破綻した。

企業は人であり顔のつながり、というのが日本の美徳であるように思ったが、
そういったところでのリストラは、結局は外国人を呼んで文化の違いで押し通すか、
「総研」という存在で理詰めで説得させるか、という見え透いた構造が見て取れた。

 日産も ゴーンと打てば カネがなる

そんな感じだろうか。

職場に来た「総研」は主力銀行系のシンクタンクだが、
後に銀行に詳しい人間に聞いたところ、銀行自体は、「総研」などあてにせず、
むしろ「切れ者」は銀行の調査部に配属する、ということ。
そうなんだろうなあ。接した担当者の顔を思い出してみたりした。

確かに「現実」は知らされた。それは意味があった。
しかし、それ以上の意味は無かった。
やはり、勤めている人間が解決すべきなのだろう。
その後10年にわたって何とかなっている状況を見たら明らかだ。
まあ、高い授業料だったのかもしれない。
外部の「囁き」は時として薬にも毒にもなるのだろう。

吉田拓郎の「イメージの詩」の歌詞を思い出した。

 古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう
 古い船を今動かせるのは古い水夫じゃないだろう
 なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る
 古い水夫は知っているのさ新しい海のこわさを


第六十条 予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。
   2 予算について、参議院衆議院と異なつた議決をした場合に、
     法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が
     一致しないとき、又は参議院衆議院の可決した予算を受け取つた後、
     国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、
     衆議院の議決を国会の議決とする。
第六十一条 条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。