花鳥風月記

流れる水に文字を書く

日本国憲法百景・再び (35)

押収


東日本大震災、そして福島第一原発事故、と
災害が時を追って見えてくるものは、そのおカネのありどころである。

原発は、クリーンなエネルギーと喧伝され、
いつの間にか権力者とその近くにいた者たちによって、
巻き込まれ、ぼやかされ、いつの間にか社会全員が被害者となった。
原発の問題は、「事故」というより「事件」にも思える。

作るのも莫大なおカネがかかり、
今度は廃炉で同様の金額がかかるらしい。
その規模は、1兆円足す1兆円で2兆円。

そのおカネで、どれだけの復興支援ができるのだろう。
いや、それよりも一企業や一部の政治家が
1兆円ぽっきり(あえていうが)の利権に群がったために、
将来にわたって、おカネで計上できないくらいの禍根を残してしまう。
なんというか、「数えられるもの」に意地汚くなった人間が、
「数えられないもの」の神聖さを冒し、かつその恐怖に慄く(おののく)
ことになってしまった。

これを「事件」としたら、どうなるだろう。
その利権に群がった人たちをとっ捕まえて、
放射能は「押収」して突きつけることはできないから、
せめて調書は原発の目の前でやってみたらとってみてはいかがだろうか。
早く口を割るんではないだろうか…。


第三十五条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び
      押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては、
      正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収
      する物を明示する令状がなければ、侵されない。
    2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、
      これを行ふ。