花鳥風月記

流れる水に文字を書く

『中流の復興』 小田実

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中高年、いやそれよりももっと上の世代は、小田実といえば
「なんでもみてやろう」と「べ平連」ということがイコールで結びつく。
勿論、自分はまったく同年代ではないのだが、「なんでもみてやろう」はかつて読んだことがある。
今の若い人向けに簡単すぎるかもしれないが、人となりを伝えると、
青年と言われる年代で早くも『明後日の日記』という著作を刊行。
東大の文学部で西洋文学を学ぶ。そしてフルブライト奨学生(おカネを出してもらって留学できる)
に選ばれ、それが元で、世界中を旅し、その経験が『なんでもみてやろう』という本になり、
ベストセラーになった。また市民運動に積極的に関わり、「ベトナムに平和を!市民連合」の
代表者となり、70年代の反戦運動のシンボル的な存在となった。一方で、小説家という立場で
日本史・朝鮮史に通じた様々な著作を刊行した。
決して自分も小田実の本を沢山読んだ訳ではないので、正確かどうかは甚だ不安だが、
非常に元気なオッサン(愛称も含めて)であることは言うまでもない。

小田実の言うことで、自分が一番大切に思うのが、結論を決して急がず、まずは「考えようや」
という問いかけを続けていることである。昔、「朝まで生テレビ」に出ていた頃、絶えず
世界のそして日本の様々な問題点を提起する。決して何か「こうやれ」というような結論でなく、
「これが何か」「どう考えてゆくか」を鋭く問いただしていた記憶がある。

また、自分の経験・感覚を大事にして物事を言う、という印象を持つ。
例えば、戦争の記憶。人が死ぬ「死臭」という記憶を生々しく残し、それは阪神大震災
復興支援運動にもつながっている。
また、かつて(10年ほど前)雑誌「世界」に「べ平連、回顧録ではない回顧」という連載の
なかで、募金はいくら出せばいいか、という問いに「自分の財布がちょっと痛む程度」と答えていた。
地に足を着け、世界をまわり、市民の連帯を呼びかける。今の日本社会では少なくなってしまった
地道な活動を続けている。

さて今回の本はNHK出版が遅ればせながら、流行の新書シリーズの一環として、単行本の分量を
無理やりにも新書に抑え込んで、出版したような本だった。だから内容がものすごく濃い。
この本で言われる「中流の復興」とは、市民運動の主体となるような中流層―かつては
日本社会で決して飢えず、職にあぶれず、余裕があり他のことに意識がまわる層―日本社会が良く
なるためにはそういった層の復活を求めている。戦争・教育そして市民からの政策提言、
といった実践的な思考から論じた著書である。また国際関係については、非同盟運動
中心的な役割を日本と韓国が担っていくべき、という大胆な発想も述べている。
大胆だが、なるほど、と思うところがある。
文章の端々にあの甲高い声が聞こえてきそうな気がする。最後に、末期の胃がんという告白も
添えつつも、読む人にも、そして自分にも、力強いエールを送っている。

―ではおたがい、奇妙な言い方かも知れませんが、生きているかぎり、お元気で。(246ページ)