花鳥風月記

流れる水に文字を書く

日本国憲法百景 (54)

「失言」とは何を失うのか

政治家の失言は最近では日常茶飯事になってきた。
そのせいか、新聞に出ても、あまり反応がなくなってしまう。

「失言」によって、自らの責務を辞する政治家もいれば、
「居直って」しまうのもいる。

無論、常にその包囲網があるので、講演会のちょっとした言辞も
あげつらって「言葉狩り」という御仁もいるのだろう。

「失言」で何を失うのか。
一般の社会人であれば、いうまでもなく「信用」である。
しかし、政治家にしてみれば、「信用」よりも
「地位・立場」のような気がしてならない。
よく「禊(みそぎ)」として、何か悪さをした政治家が、改めて当選すると
そう表現する。政治家には、一般大衆は寛容である(のか?)。

ことば⇒言霊⇒その人間の精神、という厳密さからいうと、
つくづく政治は、「ことばの無い世界」と思う。


第五十一条 両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。