花鳥風月記

流れる水に文字を書く

『約束の旅路』

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GWのため、きっとどこも混んでいるだろうと思い、
落ち着いて映画を観られるところを、と思い、神保町の岩波ホールへ。
フランス映画でしたが、舞台はエチオピアスーダンイスラエル・少しだけパリ。
イスラエルパレスチナの歴史にある程度通じている必要があるかもしれません。
ストーリーには、戦争・内戦・宗教・人種差別・家族といった要素が重厚かつ複雑に
絡んでいます。将来の全く見えない、スーダンの難民キャンプで、エチオピア人の実母は
息子にイスラエルに行き、ユダヤ人として生きることを選ばせた。嫌がる息子に、
「行きなさい。生きて、そして何かになるのです(これが作品の原題)」と伝え、
同じ年の子どもを失った別の母親に子どもを託して、見送った。
自分を偽りながら、そして「何になるのか」を葛藤しながらもがく少年時代。
人種差別・偏見から体当たりで守る養父母の愛情に恵まれながら、
応えられない愛情に苦しみ、残した母親のことが忘れられない青年時代。
やがて、パリに渡り、医師になり、戦争の中で自分の生きる道と、
偏見の中で、愛する人を得たとき、改めて自分の出自に苦しみ、
それを乗り越え、最後に「国境なき医療団」として難民キャンプへ行き、
一家の父親となって実母との再会を果たす。
家族愛という部分については、イスラエルに連れてきたエチオピアユダヤ人の仮の母親の愛情、
イスラエル社会で黒人という偏見に敢然と立ち向かうフランス系ユダヤ人養母の愛情、
偏見の強い家族を捨ててまでも、主人公シュロモと結婚したポーランドユダヤ人の妻の愛情。
実の母性愛に恵まれない主人公に「この子を守ろう」という母性にも通じた家族愛が描かれている。
ユダヤ人、という中でも様々な民族の系統があり、また映画の中では、国の動乱を避け
わたってきたロシア系ユダヤ人(詐称も含め)も出てきている。ひとえにユダヤ人といっても
様々であることがわかる。(じつはアラブ人も同じなのだが…)
イスラエルという国に関しては、日本で見られるような一面的なイメージではなく、
1980年代から現在に至るまで、揺れ動く中東情勢に翻弄され、
左派・右派といった揺れ動く政治状況のなか、
愛国心」「民主主義」「平等」そして「信心深さ」といったことが活写され、
予想以上の魅力を表現できているのでは、と思った。
そして、最後に本当の家族愛を知ることになる。それは、難民キャンプでの
実母との再会である。150分間で様々なストーリーが交差するなか、
実母が息子を抱き、嗚咽にも近い叫び声をあげ、カメラが急に俯瞰になり、
キャンプ全体を映し出す。ものの1分足らずのシーンだったが、
最後に鋭く心に突き刺さるシーンだった。
この映画のサイドストーリーはこの狭い難民キャンプでの
20年という時間にもあるのではないか。実母のいう「何かになりなさい」
とは、息子に唯一伝えられる希望の言葉で、それが現実のものとなったとき、
その思いがこみ上がった、叫びであると思った。多くのことを得た気がした。