花鳥風月記

流れる水に文字を書く

愚短想(98) ラーメン屋の品格

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いつからか、ラーメンに「こだわり」を持つ人や店が多くなった。
もともと「こだわり」という日本語自体が、ネガティブなイメージだったが、
「こだわりの逸品」といった使われ方がここかしこで通じて、いつのまにか
「こだわり=玄人」のような錯覚に陥ってしまった。

好きなものを極めること自体、決して悪くない。
本当に好きで、その道を究める「求道者」のような人もいていいと思う。
そんな人の作るラーメンはきっと美味いんだろうな、と思う。
問題なのは、それがいとも簡単に大量生産されてしまうことだ。

先日、人生で2番目に不味いラーメンを食べた。
人生で最も不味いラーメン屋は、それは不味い、と思って楽しめた。
何せ「スープの出来が悪ければお店を開けません」といって毎日開店。
スープは3回食べて3回とも味が違う。
座って食べるカウンター席を無理やり立ち食いにして
腰や背中を曲げなければならない間の悪さ。
突っ込みどころ満載で、逆に愛嬌はあった。

しかし、永らく評判を得ていたお店が不味いとなると、
これは期待を裏切られたことが、怒りになる。

友人によれば、その店は、つけ麺を有名にした老舗で、
今年春に…(これ以上書くとどこか分かるのでここまで)
友人も大味すぎて、決して好みではない、とのことだが、
自分は正直、不味かった。

しかし、ここだけの問題ではないのかもしれない。
最近、「美味しい」と評判のラーメン屋が次々と
チェーン展開している。
それぞれには、調理マニュアルはあるだろうし、
どこの店でも同じ味を再現できる、ということなのかもしれない。

しかし、時たま訪れる、そういったお店で感じるのは、調理場にいる人たちが
「本当に料理ができるのか」という不安に駆られることだ。
彼らは(彼女らは、というのが少ないのも拍車をかける)衛生面でも
清潔感からほど遠く、何か「作業」をしているような調理っぷり。
何せ「味見」をせずに「料理」を出している。

自分は決してラーメン通でもラーメンオタクでもない。
人間が持つ「防衛本能」的な部分が、そう思わせている。

自分が感じる「美味いお店」のポイントは
 1.店内・カウンターが綺麗になっている。
 2.おしぼりは自分達で作っている。
 3.料理人はおじさん・おばさん以上
 4.派手なパフォーマンスはしない。薀蓄を語らない。
 5.作る際には、必ず味見をする

まあ、当たり前なんですけどね。
ここまでくると「ラーメンの品格」というより「料理人(人間?)の品格」に
なってしまいそうな感じになるが…。