花鳥風月記

流れる水に文字を書く

五十嵐 仁 『労働再規制-反転の構図を読み解く』

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五十嵐教授については、学生時代、教授を囲んだ自主勉強会に参加したことがある。
大原社会問題研究所という、日本のみならず、世界でも最高水準とされる
労働研究を専門とする研究所の当時は研究員、現在は所長を務めている。

所属する法政大学では教鞭をとらず、話を聞く機会は、
どこかしらの講演会かで、くらいのチャンスしかなかった。
結果、有志で勉強会というか自主ゼミを行っていて、時々誘われた。

会の目的は、勉強30%、その後の飲み会が70%だった。
(もしかしたら、この格差はもっと高かったかもしれない…)
そこで、学生時代の「武勇伝」をいくつか聞いたが、
ネット社会の実情を鑑みて、ここでは詳細は差し控えよう…。

ブログ「五十嵐仁の転成仁語」 http://igajin.blog.so-net.ne.jp/
は、政治・労働・大学・学界・阪神タイガースの話が綴られ、
非常に楽しく読まさせて頂いている。
ただ、「論攷」でたまに長いものは、読み飛ばしてしまっていた。

今回の著作は、その「論攷」が土台になっているようで、
まとめて読むには好機だった。

日本の政治情勢、特に現在問題となっている労働問題を
ここ7~8年の時間的な流れと登場人物を明らかにした上で、
その構造を繙(ひもと)いている。

まとめて読んで、初めて分かったことが多く、大いに勉強になった。
もっと、こういった内容をマスコミが分かりやすく伝えていくことが
できないものなのだろうか。

長く続けられた官僚支配への対抗と、規制緩和とのせめぎあいの歴史のなかで、
小泉内閣の際に生まれた総合規制改革会議と経済財政諮問会議2つのエンジンで、
「官」に対抗し、規制緩和を広げていった。
本書では、そこで暗躍する「政商」や、御用学者の息遣いが
伝わってくるような感じがした。

やがて規制緩和によって格差社会が生まれ、
市場自由主義を謳うものたちが栄華を極め、
その対極として派遣問題・ワーキングプアの問題が
クローズアップされる。
小泉政権が終わりを告げると、「官」からの反攻が始まる。
市場自由主義者たちの何人かはお縄となり、
安倍-福田と政権を投げ出し、麻生政権に至る今、小泉構造改革
終焉を迎えようとしている。
そのターニングポイントが2006年という独自の説を展開している。

実直な研究者として、詳細な資料・文献にもとづいた内容を
独特の語り口調で、分かりやすく書いている。

ただ、1箇所、政治家の言葉をそのまま理解するのはどうかと思うところがあって、
本書105ページでの引用で与謝野馨『堂々たる政治』の中の
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内閣の基本的な方針は総理大臣が決めるものだが、
個人的には、永田町を含め巷にはびこる「市場原理主義」的な
考えと戦うということを密かに心に決めていた。
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という言葉は正直ブラフに思えた。
衆院選挙の際の政見放送で、東京1区から立候補した与謝野氏が
どんな姿でテレビに映っていたかを思い出すと、
(その時は「はちまき」に「たすき」を掛け、しきりに「何か」を訴えていた)
引用文の「密かに」と著書の「堂々たる」が好対照をなす。

五十嵐教授は、この引用に、どこまでその本気度をみているかわからない。
多少の揶揄もあるのかもしれない、というのは考えすぎか。

この先の社会をどう見て行くか―最後は、アメリカ型でも日本型でもない
第三の道」を求めていると分析している。データを示した上でこう書いている。
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 つまり、日本の国民は、アメリカのような新自由主義の社会など望んでいないというこ
とです。同時に、かつての日本のような官僚支配の復活を嫌い、北欧のような社会保障
充実を求めていることが分かります。それは、自民党の支持者でも同様なのです。
民意は、「第三の道」を求めているということでしょう。新自由主義的な「アメリカ型」
でも古い「日本型」でもない、もう一つの新しい道が提起されなければなりません。それ
に成功したときこそ、この日本においても本当の「反転」が始まるのではないでしょうか。
(中略)
 こうして、本当の「反転」に向けての選択は、国民の手に委ねられることになりました。
どのような答えを出すかが、問われることになったのです。(本書231-232ページ)
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アメリカ経済の破綻が目前に迫る今、自分の足元と生活、そしてこの社会を
どうするか、ということを厳しく迫られる時代になりそうだ。