国立近代美術館 常設展
ゴーギャン展の後、常設展も見る。
日本の近代美術を明治から現代まで3フロアにわたって展示。
内容はまとまっているのかどうか、判断が難しいところだが、
あまり知られない日本近代美術の奥深さを知るには好機かと思う。
ひと通り観て、写真撮影も可能、とのことなので、許可を貰って携帯に収める。
最初のインパクトは、新海竹太郎の「ゆあみ」という作品だった。
1907年作、と100年以上も前のもの。
実際は裸婦像ではあるが、曲線美が今の時代と殆ど変わらない、というところ。
100年くらいでは「美の意識」はさほど変わらないのだろうか。
戦時中の絵画も展示されていた。
こういったものはめったにお目にかかれない。
国策芸術、という感じもしないではないが、
鬼畜米英といいながらも、その洋画としても質の高いタッチは、
ある意味逆説的でもある。
その後、現代までには抽象的な作風が続くが、
なかには、居酒屋「甘太郎」の看板にもつかえそうな(?)
絵画もあった。(こういったら失礼か…)
また、2階には、独自の視点を持った展示がされていて、
「寝るひと 立つひと もたれるひと」では、先日の朝日新聞にも出ていた
萬(よろず)鉄五郎の「裸体美人」が展示されていた。
一枚の平面の中に表現される様々な空間の妙を楽しめた。
また、草間弥生の作品や、オブジェもあった。
「東京の石の線」という作品に平行して
セバスチャン・サルガドの報道写真が展示されていた。
この関係が気になって、写真に収めようとしたが、
今ひとつ納得したのが撮れなかった。
日本の近代美術を明治から現代まで3フロアにわたって展示。
内容はまとまっているのかどうか、判断が難しいところだが、
あまり知られない日本近代美術の奥深さを知るには好機かと思う。
ひと通り観て、写真撮影も可能、とのことなので、許可を貰って携帯に収める。
最初のインパクトは、新海竹太郎の「ゆあみ」という作品だった。
1907年作、と100年以上も前のもの。
実際は裸婦像ではあるが、曲線美が今の時代と殆ど変わらない、というところ。
100年くらいでは「美の意識」はさほど変わらないのだろうか。
戦時中の絵画も展示されていた。
こういったものはめったにお目にかかれない。
国策芸術、という感じもしないではないが、
鬼畜米英といいながらも、その洋画としても質の高いタッチは、
ある意味逆説的でもある。
その後、現代までには抽象的な作風が続くが、
なかには、居酒屋「甘太郎」の看板にもつかえそうな(?)
絵画もあった。(こういったら失礼か…)
また、2階には、独自の視点を持った展示がされていて、
「寝るひと 立つひと もたれるひと」では、先日の朝日新聞にも出ていた
萬(よろず)鉄五郎の「裸体美人」が展示されていた。
一枚の平面の中に表現される様々な空間の妙を楽しめた。
また、草間弥生の作品や、オブジェもあった。
「東京の石の線」という作品に平行して
セバスチャン・サルガドの報道写真が展示されていた。
この関係が気になって、写真に収めようとしたが、
今ひとつ納得したのが撮れなかった。