愚短想 番外編 ぶぶか・油そば@高田馬場
もう13年くらい経つだろうか。
当時、「油そば」がブームとなって、高田馬場・早稲田界隈には、
そんなラーメン屋が多く出ていた。
高田馬場には、ぶぶかは2件あった。
芳林堂のあるF1ビルの地下と、早稲田通り西友の並び。
一時期よくF1ビルの方に行っていた。
油そばを頼むよりも、味玉チャーシューの大盛りウィズライスだった。
当時は、グレーのTシャツ姿の、およそ料理とは無縁な感じの
厨房で働く人々が印象的だった。
いつしかラーメンブームは、そんな立ち姿が当たり前のようになり、
供給過多は、いわゆる生存競争を呼び、ブームや志向の変遷のなか、
F1ビルの店はいつの間にかなくなっていた。
ひさしぶりだが、はじめてもう一つのぶぶかに入る。
今回はメモリアルの意味合いもあり、油そばとミニチャーシュー丼を注文。
前日に食べた道玄のラーメンと対照的な油(脂)感。
しかし人は、働きすぎると妙に油を欲することがある。
きょうはそれに「まみれたい」気持ちだったし、満足できた。
先のことは考えず、ラー油やにんにくも入れる。
久々に皮下脂肪に刺激が与えられた気がした。
ブブカからイシンバエワへ。
ちょっとずつバーの高さを上げていった姿は記憶に新しい。
しかしながら、下がるバーもあるのだな、と思うこともある。
なんか、当時の活況というか雰囲気が懐かしい。
当時、「油そば」がブームとなって、高田馬場・早稲田界隈には、
そんなラーメン屋が多く出ていた。
高田馬場には、ぶぶかは2件あった。
芳林堂のあるF1ビルの地下と、早稲田通り西友の並び。
一時期よくF1ビルの方に行っていた。
油そばを頼むよりも、味玉チャーシューの大盛りウィズライスだった。
当時は、グレーのTシャツ姿の、およそ料理とは無縁な感じの
厨房で働く人々が印象的だった。
いつしかラーメンブームは、そんな立ち姿が当たり前のようになり、
供給過多は、いわゆる生存競争を呼び、ブームや志向の変遷のなか、
F1ビルの店はいつの間にかなくなっていた。
ひさしぶりだが、はじめてもう一つのぶぶかに入る。
今回はメモリアルの意味合いもあり、油そばとミニチャーシュー丼を注文。
前日に食べた道玄のラーメンと対照的な油(脂)感。
しかし人は、働きすぎると妙に油を欲することがある。
きょうはそれに「まみれたい」気持ちだったし、満足できた。
先のことは考えず、ラー油やにんにくも入れる。
久々に皮下脂肪に刺激が与えられた気がした。
ブブカからイシンバエワへ。
ちょっとずつバーの高さを上げていった姿は記憶に新しい。
しかしながら、下がるバーもあるのだな、と思うこともある。
なんか、当時の活況というか雰囲気が懐かしい。