花鳥風月記

流れる水に文字を書く

侍と私 ―ポートレイトが語る初期写真―

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東京都写真美術館にて。
「侍と私」「私を見て!」「20世紀の人間像」の3シリーズが、つながりがあるという。

今回は、いわゆる草創期の話。1枚を除く、全てが故人となりつつも、
その姿を今の時代にも伝えているもの。
魂を抜かれる、とか、写真が残ると天国に行けない、などの迷信?にとらわれつつも、
幾多数多(いくたあまた)の人が写真機の前に立った。
最初は長時間露光が必要なため、首を固定する器具もあった。

絵画から写真へ。
見たものそのままが残る、ということは、当時は衝撃的だったのではあるまいか。
最初は権力者、そして量産の技術が広がると共に、
富裕層、そして庶民に伝わっていった。

今回の展示は、市井の人間までではないが、
歌舞伎俳優あたりまでの写真が並んでいた。

鶏卵紙に彩られた写真には、有名人も多くあったが、
なにぶんにも小さく・見辛い。
しかし、当時はそれが貴重で、きっと大切に扱われていたのだろう。

そして、感度の低いものは、彩色も加えられていたようだ。
そう考えると、写真というのは、
低技術・彩色補正⇒高技術・写実的⇒超?高技術・データ補正となって、
今の写真技術の根本は、昔に逆戻りしてるんじゃないか、とも思う。

恐らく、今後の企画は、この流れの中間点にあるものに
スポットがあたることになるだろう。

草創期の写真群は、ある意味滑稽な姿も印象的だった。(笑)